にはルビような本を



祖父は戦争から生きて帰って来ることが出来ました。でも実際は生きていたのは肉体だけで心は死んでいたようなものです。

だから祖母は戦争中と同じようにずっと働かなければならず、時には心の中に鬼も宿り、祖父を呪ったのに違いありません。だから祖父は北海道まで流れて行って死んだのだと思います。



戦争に正義や大義なんかあるわけがない。

素敵な戦争、そんなものがあるわけがない。



私は戦争を知らずに生まれて来て、そして知らないまま死んでいきたいと思っています。

また次の世代の子供たちその次の子供たちを、誰かに殺されるまたは殺さなければならない恐怖からずっと守ってあげたい。

そんなささやかな願いが叶う世の中であり続ける事が出来ますように、宇宙の幾千億の星に祈ります。



私が姉の病室に行きそこにある漫画本を手に取ると、母の母、つまり祖母はそこに母の一番下の弟などがいると、

「読んでやれ。」と必ず言いました。

幼稚園を出る頃には文字は読めて書けて当たり前のような今の時代とは違って、それは小学校で習うものと言うような呑気な時代でした。姉が入院したのは、私が小学校に上がる前だったので、祖母が叔父に「読んでやれ。」と言ったのは当たり前の流れだったのだと思います。

だけど私は、幼少の頃は近所に一緒に遊ぶ友達と言うものが皆無で、姉が学校に行ってしまって帰って来るまでは、一人だけのごっこ遊びか〈いわゆる妄想世界に遊ぶ。〉絵本の友にするしかなかったので、小学校に上がる頃にはひらがなカタカナはかなりスラスラと読めた方だと思います。

読んでやると言う行為が面倒に感じた叔父などは

「読めるよな。」と言うので、私は「うん。」と頷くしかありませんでしたが、本当の事を言うと読んでもらえるのは嬉しかったのです。なぜならその当時も漫画の漢字がふってあったと思うのですが、スラスラ読めると言っても、漢字も混ざる文字を読み続けるには私は幼かったのです。

だけど祖母は、叔父と私がそんなやり取りをしていても、必ず怖い顔をして「いいから読んでやれ。」と言いました。

私はシメシメと思いながら読んでもらいましたが、いつもすぐに後悔しました。

なぜなら叔父の読み方は棒読みだったからです。

私の脳内には可愛らしく歌うように話すヒロインが、叔父が読むと

「は?は?は。ダカラマユチャンハ→」みたいな一本調子です。がっかりして

「もうイイ。」などと私は言い、叔父を怒らせていたのではないでしょうか。

この記事へのコメント